
2011年08月25日 16:21
ブログの更新、たいへん御無沙汰してしまいました。
唐突なのですが、
この夏は暑さが尋常でない上に、電力会社からの消費電力削減要請等があり、
みなさまも色々と工夫を凝らしてこの夏を過ごされているかと思います。
私の自宅も築30年ほどの木造住宅で土壁の家です。
昔はそんなに感じなかったのですが、
ここ数年、家の中が夏はより暑く冬はより寒くなったように感じています。
夏場などは家の中に居るのに汗がタラ~リと噴き出てきて常に不快感に付き纏われ、
冬場は寒くて家の中で綿入れを着たり、トレーナーに付いているフードを被って過ごしています。
以前はこんなことなかったのに・・・。
家が古くなって冷暖房効率が悪くなってきているせいでもあるのですが、
地球環境が変化してきていることにも問題があるのかもしれませんね。
今年はなるだけ消費電力を少なくしようと、ささやかながら努力を試みてみました。
もちろん冷房機器の使用を控えました。
ですが冷房機器の使用を控えると・・・やはり暑い。
暑い・・・暑さでイライラする、なんとか過ごしやすくせねば。
なにか冷房の代用できるものはないかなと考えたのですが、
簾やよしずを掛けるのは毎年のこと。他には何かないのか?
市販されている冷房マットや簡易扇風機など見てみましたが、
品物がたくさんありすぎて何がよいのかよく解らず、
どれにするか考えるだけでオーバーヒートしそうでした。
で、私は何を思ったのか、気休めに仕舞いこんでいた風鈴を吊るしてみたのです。
とりあえず暑さとイライラへの応急処置みたいなものですかね。
ですが、これがなかなか・・・効果があったのです。(私には)
もちろん、風鈴を吊るしたところで暑さは変わりません。
ですが、音を聞いているとなんとなく涼しくなったような気になるというか、
イライラとした気分が和らぐというか。
チリリンチリーンと、鳴る風鈴の音色に心地よく聴覚を刺激されて、
私は思ったよりもその音色に癒されました。
特に夜になると窓辺で鳴る風鈴の音が一段と涼やかに響いているように聞こえ、
『熱帯夜』を多少なりとも過ごしやすくしてくれたように感じています。
人が体感する温度は、視覚や聴覚を通して結構違ってくるものなのだなと、
あらためて実感してしまった今夏でした。
来年は『釣りしのぶ』を購入して効果アップを狙ってみようかなと思っています。
風鈴を吊るす場所はよく検討して下さいね。
場所によってはチリンチリンずっと鳴る場合もあるので・・・。
2010年05月12日 11:28
御無沙汰をしております。
ブログ更新せずに早4カ月が経ってしまいました。
桜の時期もあっという間に過ぎてしまい、雨の日が多くなってきましたね。
もうひと月もすると日本特有の季節『梅雨』がやってきます。
雨の日になると
私は窓に顔を押し付けて、「どれくらい雨降ってるかしら~?」と確認したり、
傘越しに雨雲を恨めしそうに見上げたりすることが多くなります。
そんな時に視界に入ってくるのが建物の窓。
普段はあまり気にもしないのですが、しとしとと降る雨の中では
四角く区切られた窓が妙に浮きだって見えます。
そんな時「四角い窓が多いな~」とよく思います。
もちろん、窓にはいろいろな形があります。でも一番多い形は四角。
小さい子がお絵かきでお家を描いても窓の形は四角が多い。
さて、窓=四角と言う観念はいったいどこからきたのでしょうか?
以前、参加したサロンスクールで窓の話しを少し聞くことができました。
窓とは英語でWINDOWと言いますが、WINとは風、DOWとは道と言う意味があり、まさしく「風の道」を示しています。
「窓」は「風の道」と言うことになるのでね。
その昔、洞窟のようなものが人の住み家だった頃、
そこには窓と言うものは存在しなかったのでしょう。
それから住み家が発達し、石を積み上げたり土を練って固めたりして住み家を形作るようになりました。
そして、その壁に通気や採光の為の穴が開けられた。
この穴が窓の始まりだったようです。
この時はまだ窓は完全な穴でした。形状も四角とは限らなかったのでしょう。
その後、さらに住み家は発達し、最初は完全な穴であった窓らしきものにも、
開口を外側が狭く、内側が広くすることで、厚い壁でも少しでも多く光を取り込もうという工夫されるようになりました。
これは文化圏に関係なく見られる工夫のようです。
その後、その穴に枠を付け、板で蓋のようなものをするようになっっていきます。
そこから文化圏により形状、素材、用途等、様々な様式の窓が産業と共に発展して
現在の窓の様式になっていったのでしょう。
ちなみに、ヨーロッパ圏では石やレンガの組積造建築物が発展しました。
それに合わせて窓も縦長の形状になっていきます。
窓の構造にはアーチ構造が用いられアーチ型の窓が多く造られました。
アーチにもいろいろな形状があり、意匠的にも発展していきました。
意匠的な発展は、礼拝堂などに飾られているステンドガラスやバラ窓等に見受けられます。
その意匠性は現在でもヨーロッパ圏で受け継がれていっています。
ヨーロッパ圏では、窓は通風・採光以外にも装飾という役割を荷っていたのかもしれません。
では日本ではどうだったのでしょうか?
日本は昔から土と木と紙で住み家を形成していました。
木で骨を造り、紙と土で面を造る。
骨で形成された面はおのずと四角くなる。
そこに障子や建具を取り付ける。
それを開け放つことにより、人が通り、光も通り、風も通る。
そんなふうにある面が、窓のような働きをするものになっていったのでしょう。
日本には色彩豊かな四季がありそれを室内から愛でる習慣があります。
春には花を愛で、夏には涼風を愛で、秋には実を愛で、冬には雪を愛でる。
室内に四季の風景を取り込みたかった。
そして梅雨のようなジメジメとした時期もあり、湿気が部屋家に籠らないようにする工夫も必要だった。
そういう意味で、都合によって「面を外に開け放つ」という発想は便利だった。
そう考えると文化に関係なく、昔から窓は四角と言う観念ではなかったかもしれません。
ただ日本では、木の骨で形成された住み家のある面を開け放ったものが四角かった。
それが窓の形として現在に至っている。
四角い窓の観念は、こんな感じだったのでしょうかね。
2010年01月07日 12:47
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
私はこの時期になるとお正月気分なかなかぬけず、毎年困っております。
みなさんはいかがでしょうか?
お正月気分も抜けてしっかりとお仕事体制に入っているのでしょうか?
さてさて、昨年末になるのですが、
人も街中も年末でいそいそとしているなか、京都にいる知人の設計事務所を訪ねました。
久しぶりの京都、
町中には年末独得の雰囲気が漂っていました。
お正月に向けての準備に活気付いている雰囲気が、
普段の粛々とした雰囲気とは違いちょっと新鮮に感じました。
そんな京都の町中を歩いていると、いつも目に留まる物があります。
それは、町家の小屋根の上にいる鐘馗さん。
仁王立ちの小さな鐘馗さんが屋根の上から睨みを利かせているんです。
「はて?なんで屋根の上に鐘馗さんが?」
以前から疑問に思っていました。
疑問に思うと京都の町中を歩きながら、ついつい視線は屋根の上に向かってしまいます。
鐘馗さんを飾ってあるお宅はほとんどが入り口の小屋根の上に飾ってありました。
「魔よけやろうな~」と思いつつも調べてみると、
やはり、鐘馗さん(受験の神様や厄除けの神様)は魔除けとして飾られているそうです。
なるほど、なるほど。
魔除けとして屋根に鎮座している沖縄のシーサーと同じような感じでしょうかね。
他にも、「はて、なんであんなところにあるの?」と思うものがあります。
それは、台所に飾ってあった布袋さん。
にこやかに笑う布袋さんが竈の上にちょこんと飾ってあるんです。
「台所の神様なんやろうな~」と思いつつ調べてみると、
むかし、京都の一般家庭の台所には竈のあるおくどさんがあり、
その上には台所の神様である布袋尊や三宝荒神さんが祭られていたそうです。
今では、おくどさんがある家庭は稀だと思いますが、
システムキッチンの上にも布袋さんは飾られているんでしょうか。
ちょっと調べてみたい気もしました。
ちなみに私の家の台所には三宝荒神さんが祭られています。
他にもいろいろ調べてみると、
お便所にも烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)もしくは不浄金剛と呼ばれる神様がいらっしゃるそうです。
昔の家にはいろいろな神様が祭られる風習があったんだな~と感心しつつ、
さてさて、今もこの風習は受け継がれていっているのかな?と考えてしまいました。
昔と同じようにというわけにはいかないと思いますが、
屋根の上から睨みをきかす鐘馗さんや台所でにこやかに笑う布袋さんを見ていると
これからも無くなってはほしくない風習だな~と感じてしまいました。
2009年11月27日 14:01
先日、福井市立至民中学校を見学に行ったとき、
見学会に呼んでくださった設計事務所GのNさんが、知人のお宅のホームパーティーに連れて行ってくださいました。
大学の恩師である先生と大学の友人と私、お言葉に甘えてNさんと一緒にお邪魔させていただきました。
夕暮れのなか車を走らせると、そのお家は山間に静かに佇んでいました。
秋の夕暮れは独特の淋しさを感じさせます。
そんな淋しさの中、そのお家は穏やかに佇んでいました。
車から降りた私は、そのお家から醸し出される穏やかな雰囲気に包みこまれたような感じがしました。
まったく初めて伺うお家なのになぜか「懐かしい」という気持ちが湧きあがってきたんです。
築何十年からなる古民家。
ご主人もとても気さくな方で、初対面の私たちを暖かく迎えてくださいました。
お家の内部の写真も撮らせていただくことができました。
部屋の構成は玄関・台所兼居間・和室・洗面脱衣室・お風呂・お便所。
お便所以外は台所兼居間に隣接しています。
玄関を上がると広くて天井の高い台所兼居間があり、ご主人好みの家具がさりげなくならんでいました。
洗面脱衣所にはなぜか本棚が置かれていました。
初めのうちは「なぜここに本棚が?」と不思議に思っていましたが、
時間がたつにつれて、
「別に洗面脱衣所に本棚があってもいいじゃないの。ここで本を読んでもいいじゃないの」
となんとなく納得してしまいました。
もし、ここに飾り棚があって、その中に焼き物の器が飾られていたとしても、
「別にいいじゃないの」となんとなく納得したと思います。
「なぜ?」と思うようなことも、最後には「別にいいじゃないの」納得させられてしまうお家でした。
台所兼居間にある広い勝手口で鮎を焼いてくださいました。
<鮎=おいしかった>という印象は今でも私の中に強くのこっています。
ご主人の趣味が生かされた居心地のよいお家で頂くお料理だからこそおいしさも倍増し、
そこで楽しい時間を過ごさせていただいたからこそ私の中で強い印象としてのこったんでしょう。
車から降りて感じた「懐かしい」という気持ちは、もしかしたら
「ゆっくりとしていって」「くつろいでいって」というご主人のやさしい気持ちが、
このお家を介して私の中に伝わってきたのかもしれませんね。
住居は住み手の「気持ち」が現れやすいものといいます。
どこに何を置くか、どう使うかなんてことの答えはひとつではないんでしょうね。
住みながら自分らしさを住居の中に模索していく。
それは大変なことですが、失敗しながら、試行錯誤しながら、納得するものを見つけられた時はうれしさが湧いてくる。
それを楽しむ人が増えたらいいのにな~。
そんな風に思えてしまいました。
そのお家で過ごしたのはほんの僅かな時間でしたがとても印象に残った思い出です。
暖かく迎えてくださったみなさんに感謝です。
2009年11月13日 17:49
前回に続き今回も至民中学校見学のお話しをさせていただきたいと思います。
今回は建物をご紹介いたします。
田畑に囲まれた道路をまっすぐに進んでいくと小高い山の上に至民中学校はありました。
道路脇にはコスモスが咲揃い、山々の緑を豊かに感じられるゆったりとした場所でした。
エントランスから入ってすぐにある“しみんホール”は、
自然光がふんだんに取り込めるように大きな窓が配置され、周辺の山々の緑がやさしく
目に映ります。
この“しみんホール”は地域住民の方にも開放されているようで、
「近くに遠足に来ていた幼稚園児がお弁当を食べるのに利用してこともある」そうです。
確かに・・・ホールに面するデッキにでてお弁当を食べるのも気持ちがよいでしょうね。
建物の中心となる“葉っぱの広場”には、高い天井からクラスター旗が吊り下げられ、
学生の作品も数々展示してありこの学校の活気が感じられます。
この “葉っぱの広場”から各クラスターエリアに枝分かれているのですが・・・。
この学校、かわった形をしていて建物内の方向も判断しにくく、
その上、開放的な空間が続いているので目印になる物がなくて
迷子になりやすい建物のような気がします・・・。
私も初日に何度か迷子にならせていただきました・・・。
(“葉っぱの広場”で校内図を見てきょろきょろしている人の大半が迷子でした。)
クラスターエリアは各教科の教材がオープンに閲覧できるようなっており、
設計側のアイディアに加えて先生方の「目につくような展示工夫」が感じられます。
授業もこの教材を使って行われることもあるようです。
私もついつい見て触って「習ったな~」と懐かしさに浸ってしまいました。
教室にも掲示スペースが広く取ってあり、生徒が作った問題などが展示されており、
生徒達も休み時間に問題を考えたりしているようです。
授業以外にも「考える」ということを、生徒が自然に行える仕組みができているように
思えました。
教室からは中庭が見えほかの教室の授業の様子も窺うことができるようです。
この中庭には1階にはデッキ、2階にはベランダがあり、お昼には生徒達が
ベランダで並んでお弁当を食べているのを目にしました。
生徒達はこのベランダで「マッタリ~」と過ごすのが好きだそうです。
ベランダの手すりは寄りかかって「マッタリ~」するにはちょうど良いサイズで、
生徒がいなくなった後ついつい私も「マッタリ~」してしまいました。
「生徒の好きな場所がある学校」って素敵だな~と思ってしまいました。
私が過ごした「学校」という建物は、どちらかというと「暗い」「単調」「閉鎖的」
というイメージがあります。
そんな私が、この学校を見学して「明るい学校だな」と最初に感じたんです。
「新しい学校明るく感じて当たり前」なのかもしれませんが、学校の持つ独特の重々しい
空気が感じられないというか、学校全体の雰囲気が明るいというか。
そういう「明るさ」を感じたんです。
それは建物が新しいだけでは醸し出せないもので、使う人の気持ちに左右されるものだと思います。
至民中学校では建物に仕込まれた意図を使う人がどんどん引きだして
生かしていこうとする気持ちが「明るさ」となって醸し出されているように感じました。
口で言えるほど簡単なことではないと思いますが、
至民中学校にはこれからもこの「明るさ」を醸し出し続けてほしいなと思います。
個人的な意見ですが・・・。
2009年11月12日 16:10
風邪でダウンする人が急に増えてきました。
そういう私も風邪気味を数週間引きずっております。
さて日に日に寒くなっていくなか、神戸よりさらに寒い福井に行ってきました。
福井市立至民中学校で2日間にわたって行われた見学会とワークショップに参加する為です。
私などは日頃、中学校に入る機会などなく世間の「不審者」に対する警戒心等も強くなっているため、
年々「学校」というもの自体が遠い存在になっていました。
私にとってこの見学会とワークショップは、久々に「学校」というものを身近に感じるよい機会でした。
至民中学校は日本国内でも稀な教育方針を行っている市立中学校なのですが、
この見学会とワークショップを通して感じたことなどをご紹介しようと思います。
まずはこの学校の教育方針についてご紹介します。(建築に関係ないのですが・・・)
至民中学校は2年程前に新校舎に移転しました。
国内でも稀な<異学年型教科センター方式>という教育方針を行っている学校です。
<異学年型教科センター方式>ってなんだ?と思われる方が多いと思いますが、
これは全教科特別教室を持つ教科センター方式で、異学年の教室が隣接し、
そのひとまとまり(クラスター)で一年間の学校生活を共にするというものです。
クラスターには色が決められており、
今年はイエロークラスター(数学エリア)、グリーンクラスター(理科エリア)、
ブルークラスター(数学エリア)、パープルクラスター(英語エリア)の4クラスター
から成り立っていました。
<1階クラスターエリア図>
<2階クラスターエリア図>
各クラスターごとに3年生からクラスター長が選ばれ、
1~3年生の生徒がクラスター内や学校生活での諸問題を
協同的に解決していくことを目的としているものです。
私などは従来の学校生活をおくってきた者なのでこの教育方針がいまいちピンとこず、
上手くいっているのかいう疑問すらありました。
しかし、私はどちらかというと教育方針というよりもそれを日々行う建物の方に興味があったので、
上記の教育方針をおおざっぱに「特殊な教育」と認識し
あまり頭に入れずに見学会に参加してしまいました。
「特殊な教育を行える建物はどんなものなんだろう?」
そんな単純な考えしかなかったんです。
今思えば、上記の教育方針をおおまかにでも知っておくのと知らないのとでは
建物を見学するとき感じるものも思うことも違っていたのではと思います。
それくらいこの建物には「教育方針」や「教育の方向性」というものがでていたように見えました。
おもしろい学校です。
今回は建築(住宅)とは全く関係ないことをツラツラと書いてしまいました。
少し長くなってしまいそうなので
次回にこの至民中学校の建物についてご紹介したいと思います。
私が2日間で何度も迷子になった建物です・・・。
2009年10月19日 10:28
神戸では11月末まで『神戸ビエンナーレ』という芸術祭を催しています。
この芸術祭は2年に一度催されており、今年のテーマは『わ Wa』だそうです。
会場は複数あり、各会場で色々な展示がされています。
私はメリケンパークで展示されている『アート イン コンテナ』に
興味があったので見に行ってきました。
『アート イン コンテナ』とはなにか?
長さ12mのコンテナの中を展示空間として使い作品を作るというもので、
会場にはコンペで選ばれた30作品が展示されていました。
『あんまり見に来ている人はいないだろう』と思いながら行ってみると・・・
けっこう見に来ている人がいて正直言ってびっくりしました。
子供からお年寄りから外人さんから見るからに散歩がてらに来た人まで(犬と一緒に来場)、
色々な方が来られていました。
展示されている作品も
コンテナの中に入らずに入口から覗いて終わりの作品もあれば、
コンテナの中の居心地がよくてついつい長居してしまう作品もありました。
コンテナ内-その1-
ただひとつ問題が・・・
コンテナの中は暑いんです。
映像機器などを使用している作品はその機材からの熱がコンテナ内にこもってしまって暑いんです。
長居をしても5分~10分が限度。(映像を最後まで見たいので暑いのを我慢しました)
みなさんコンテナを出るときは口を揃えて『暑い~』と言ってました。
普段、入ることのないコンテナの中でちょっと面白い空間を味わう。
身近でそんな作品を展示をしている場所があるのはなかなかよいものですね。
『狭いコンテナの中で見知らぬ人とくつろいでいるんだ~』と思うとちょっと笑えもしましたが。
コンテナ内-その2-
2009年10月05日 13:05
朝夕肌寒くなってきましたね。
我が家では最近よく母がボソリと言うことがあります。
「肌寒くなってきたわね。
もうすぐしたらお父さんが床暖房を入れようって言いだすわね~。」
なぜか不満そうに言う母。
まだ10月になったばかりなのに。
その訳は
『床暖房を入れると父が居間に座ったまま動かなくなる。』ということにありました。
今年1月、初めて床暖房を付けたとき父は
「暖かいな~暖かいな~」と繰り返し言いながら居間に陣取ってテレビを見ていました。
築30年の家は冬になるとどこからか隙間風が入ってきて確かに寒かったんです。
そんな家で毎年冬を過ごしてきた父の嬉しそうな姿を見て
最初のうちは母も私も「よかったね」と思っていました。
しかし、日が経つにつれて母の考えは変わっていきました。
「床暖房を付けたらお父さんにあれとってこれとってと言われて
私は少しも座っていられない。
手を伸ばせば取れるところにある物も自分で取ろうとしない。」
と、母にブツブツと不満をぶつけられました。
それだけではありません。
父はお風呂もお気に入りで以前よりも長風呂になりました。
ある日、帰宅した私に母が不機嫌そうに言いました。
「お父さんったら電気を付けずにお風呂に入っているのよ。
暗い中でお風呂に入る方が気持ちいいからって。
目が悪いくせに滑って転んだらどうするのよ。」
「最近はのぼせるくらい長風呂になってるし、気持ちがいいからって限度があるでしょ。」
と、またまた母にブツブツと不満(心配?)をぶつけられました。
父は父で室内でタバコが吸えなくなったとか、以前より部屋を散らかしにくくなったとか、
母とは違った不満があるようです。
母は室内をきれいに保てて満足そうなのですが。
ドアストッパー犬
(我が家のドアストッパー犬。
この写真はドアに挟まれていますが・・・いつもはドアの前で寝そべっています。)
どうやら父と母の自宅改修に対する満足度は
部分によってできれいに反比例しているようです。
自宅を改修して快適に過ごしやすくなったからと言って
人の不満が減るものではないのですね。
改めてよく分かりました。
2009年09月17日 13:41
今回は前回の続きで
自宅改修の両親の意見や反応を書かせて頂こうかなと思っておりましたが、
ちょっと変更して固いテーマのお話しをさせて頂こうと思います。
昨日、「管理建築士講習会」を受講してきました。
これは何かと言うと
平成20年に施行された新建築士法に規定されている事項で、
設計事務所を管理する建築士(管理建築士)になるには建築士として3年以上の設計
その他の国交省令で定める業務に従事した後、「管理建築士講習」の過程を修了することとされています。
現在、設計事務所を管理する建築士(管理建築士)として従事している者も
「管理建築士講習会」を受講することが必要となってますが、
経過措置として平成23年までに修了すればよいとされていています。
大まかに説明するとこんな感じです。
と言うことで、私も「管理建築士講習会」を受けてきました。
この講習会は朝から夕方までの講義と講義後の修了考査で構成されており、
講義の内容は大きく分けて
「建築士法その他関係法令に関する科目」と「品質確保に関する科目」でした。
普段でしたらこのような固いテーマの講習会はあまり受講しないのですが、
いざ受講してみると「品質確保に関する科目」はなかなか面白かったです。
建築士事務所の経営管理とか受託業務の管理とかは、文字にして細かく記されると
普段の仕事の内容に関することでも「なるほど」と思うことも多かったです。
当たり前のことが気付いたら意識から抜け落ちてしまっていることもあるな~
と受講しながら思っていました。
「なんでも受講してみるものだな・・・」と反省です。
最後の修了考査は「不合格だったらどうしよう・・・」とちょっと緊張しました。
なんせ久々の試験でしたから・・・。
実際に丸一日の講習会は・・・普段の仕事よりも体力を消耗しました。
でも、やはり建築士としてのモチベーションを保っていくには
このような固いテーマの講習会にも参加することを意識していかないといけないなと
思いました。
この意識を持続していくのはなかなか難しいものですが、
これをきっかけに頑張っていこうと思います。
2009年09月07日 17:43
前回、ブログ初回と言うことでご挨拶のみさせて頂きました。
さて次回は何を書こうかなと頭を悩ませたのですが・・・
昨年末に行った自宅改修工事の話しを紹介させて頂こうと思います。
私の自宅は築30年の木造住宅で全体的に老朽化が目立ってきていました。
今後のことも考えて「思い切って改修をしましょう」と4年程前に両親に提案したのは私だったのですが、
これがなかなか考えていたよりも大変な作業でした。
改修内容の検討や資金面の問題などの大変さは仕事上あたり前のこと。
なにが一番大変だったかと言うと
「施主側と設計側が身内なのでお互い普段以上にはっきりとものを言う、意思表示する。」ことでした。
例えを上げてみると。
改修を行うことが決まって、私は既存の図面を探しだし、実測を行い、現況図を作成し、
いざ初回の打ち合わせへと段取りを付けました。
初回の打ち合わせは両親ともに参加してもらい要望を聞き出そうとしたのですが
父が開口初端から「リビングに吹き抜け。それと既存の階段を螺旋階段に変えてほしい」と言いだしました。
普段あまり饒舌でない父の突飛な発言に母と私は驚きました。
私が予想していた要望とは全く違い不意打ちを食らってしまいました。
リビングに吹き抜けを設ければ2階の部屋が無くなります。
現状の階段位置では2階の床や梁位置や必要階段寸法から螺旋階段の設置は難しい。
父には申し訳なかったのですがこの要望は実現が難しいことを説明しました。
「父の要望に沿うにはどうしないとダメなのか、そうするとどういう無理が出てくるのか」
「予算は限られているのでその改修よりもっと重要な部分を改修すべきでないか
普段の親子の会話をするような口調で説明したことが悪かったのかもしれません。
後々になって父への説明を次回に持ち越せばよかったと思いました。
父はへそを曲げてしまったのです。
「しまった」と思った時にはすでに手遅れ。
その後は母との打ち合わせが主になり、父は母から又聞きするという状態が続きました。
その時「いくら身内でも少し距離を取って話しをするのも大切」ということを学びました。
逆に母とは現実的に打ち合わせを進めることができました。
改修内容はLDKと洗面・浴室の改修、アルミサッシの入替え、仕上げ改修など。
LDKは限られたスペースだったので、なるだけ広く使えるように配慮したプランを提案しました。
打ち合わせは順調に進むかと思われました。
しかし母は何か気になることがあると
「これをこうしてほしい」「あれは前のプランに戻して」「ここをどう使うか検討してみて」
と、帰宅した私に要望を話しました。
自宅改修なので毎回現場を確認しながらの打ち合わせが繰り広げられました。
ささいな打合せでも毎日のようになるとなかなか大変でした。(本音)
提案しては変更し、検討しては提案しの繰り返しが普段の仕事よりも多かったように思えます。
その時「いくら身内でも要望は打ち合わせ時にまとめて出してもらうよう決めておくこと」と、言うことを学びました。
その後、プランがまとまり出したころ母から突然
「お友達から風水も見た方がよいと聞いたので一度風水も併せてプランをみてちょうだい」と要望が・・・。
ここまでまとめていたのに突然・・・翌日から風水に関する情報収集を開始しました。
この風水に関しては話せば長くなるので大きく省かせてもらいますが、風水は気にしだすと限がないものでプランもなかなかまとまりません。
最終的には
「既存住宅の改修に100%風水を反映させるのは無理がある」
「風水を重視するよりも生活しやすさを重視するのがよい」
と母に何度も説明してお互いが納得いく範囲で風水をプランに反映させ落ち着きました。
この時「風水を考えながら建築をしていくのはやっぱり難しいな」と改めて実感しました。
なかなか作業が進まないうちに2年連続で身内に不幸があって「年内の工事は避けたい」
と、両親から要望があり改修工事の予定が延びました。
その分、時間ができると改修の要望が増えたり変更したりしていきました。
施主側も設計側も急ぐわけでもない改修だったのでよかったのですが、
実際、設計開始から竣工まで3年半かかりました。
私としてはこの3年半のうちに両親がひとりの施主として真剣に自宅改修に向き合う姿が、
ふだん設計側からは打ち合わせ時以外見られない施主側の姿として目に映りとても勉強になりました。
改修後の自宅に私も住んでいるので、最近は使い勝手が悪い部分を見つけては反省し、
両親の意見や反応を見ては今後の参考にしようとしています。
さて、今回は自宅改修を私の目線で書かせてもらいました。
次回は自宅改修後の両親の意見や反応を書かせてもらおう思っております。
つたない文章でお恥ずかしいのですがお付き合いの程よろしくお願い致します。

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